今はまずい。
魔力の乏しい状態であいつと戦ったとしても、
勝算などどこにも生まれない。
だから逃げる。
悔しいけれど、それも戦術のひとつだと己に言い聞かせて。
力いっぱい走ったせいか、さすがに足下がおぼつかなくなってきた。
このままでは続かない。いったん落ち着くため木の上に身を
隠すことにする。
ああ、息が上がってちっとも呼吸が落ち着かない。
心臓はどくどくと早鐘を打ち、めいいっぱい血液を送り出している。
じっとしろ。音をたてるな。気配を殺せ。
ぜいぜいと音をたてて呼吸をしては、あいつに気づかれてしまうというのに。
そうしているとすぐにあいつがやってきた。
私なんかいつでも捉えられる、そう言わんばかりの余裕ある足取りだ。
あえぐ呼吸を無理矢理押さえつけ気配を殺す。
この音が外へ流れ出てしまうのじゃないか、そう錯覚するほどに
激しい心臓音がやたら大きく頭に響いた。
ここは正念場だ。やり過ごせれば多少の余裕が出来るだろう。
そう思っていた矢先に――
「ああ、そこにいるのか」
アーチャーの視線が私の方へと向くと同時に、彼を中心に魔力がわき起こる。
魔力はふくれあがり風を生み、何も入っていない上着の左袖は
風に乗りひらりとたなびいた。
そして濃い魔力は具現化し――
「逃がさない、そう言っただろう」
それはまるであかい――朱い花びらのように風に舞った。